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仙台を訪れると、街のそこかしこで「冷し中華」と書かれたのぼりを目にします。
それが暑い夏だけでなく、春も、秋も、冬も!全国的には意外と知られていませんが、実は仙台は冷し中華の発祥の地。 そもそも冷し中華が仙台に誕生したのは、今からおよそ半世紀以上も前の昭和12年のこと。 中華組合の人たちの間から、「夏になると熱い中華料理ではどうしても売上が落ちてしまう。夏でも売れる中華はないものだろうか」という意見が出たのがきっかけでした。みんなでさまざまに出し合ったアイディアをまとめ、試行錯誤を繰り返しながら冷し中華第一号を作った人が、当時組合長だった龍亭の初代主人・四倉義雄。
ラーメンが10銭だった時代に25銭と高かったにもかかわらず、大好評を博し、ほかの中華料理店のメニューにも続々と登場するようになりました。 時は流れて戦後。戦前生まれの冷し中華は、戦中から戦後にかけての混乱期には、お店のメニューからその姿を消してしまいます。配給制限の為材料がなかなか入らなかったからなのです。 そして昭和20年代後半、いよいよ冷し中華復活の日がやってきます。昭和24年に再興した中華料理組合が先頭に立ち、のぼりを立てたり、ポスターを貼ったり、チンドン屋さんを雇ったりと大々的に宣伝をしたのです。 また、食べやすさを考えて具を細切りにしたのもこの頃から。赤い紅しょうが、黄色い錦糸卵、緑色のきゅうりと、彩りにも気を使うようになり、今の冷し中華の原型が出来あがりました。 |
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